きょんどう通信

公立小学校の教員 勇気づけの学級づくりに奮闘中

第20回クラス会議 介入での失敗

今日の5限はクラス会議だった。失敗を書く。

学級委員が議題用紙を書いた子に話し合うか昼休みに確認すると「あ、それもういい」っていうので議題なし。
司会の子に事情を話し「ハッピーサンキューナイスのあと、議題は入っていないけど困っていることはないか
聞いてみて」と話しスタート。

今日はいつも書記の子が司会。ハッピーサンキューナイスのあと前回の振り返り。
前回は「追い出したい鬼を決めよう」で、決まったのは1宿題を出さない鬼、
2言葉遣いが悪い鬼です。私が提案したので「先生うまくいっていますか」と聞かれた。
今日は3人が宿題をやっていないといって朝と昼休みにやっていたことを話し、
「どうしたらうまくいくかアイディアがほしい」と話し、結果的に話し合いに。

いくつか解決策がでた。最後の方に「出さなかったら自額を自学をプラスする」
というアイディアが出た。
まさか、これを選ぶと思わなかったので、出た時点では私は何も言わずにいた。
しかし、賛成心配意見を出した後、多数決になり、多数がその意見を占めた。
そこで介入。
「宿題は最低限してほしいものを出している。レベル1.それができないでいるのに自学を
プラスして宿題ができるようになるの?今はどうしたら宿題を出せるようになるかを話しあっているんだよ」と。
そして、「今話したことを踏まえもう一度多数決を取ってほしいといってしまう。

このタイミングでの解決策は民主主義でもなんでもなく、教師の価値の押し付け。
もし介入するのなら、解決策として出た時点か多数決をとる前だった。子どもからの「罰みたいな解決策はやめたほうがいい」というような意見期待していたのだが
出ず。

もしくは、子どもたちが選んだものなら試しにさせてみて、振り返りで
うまくいかなければ別の解決策を出すということをしなければ、子どもの意見を
尊重することにはならないなと思う。
この2年、とにかく定期的に続けるだけはしてきた。
子どもに失敗させたくないと思う自分の在り方が大きくは変われていないのでは?
と考えさせられた。
反省しつつ、いっちゃったことは仕方がないので、決まったことを意識させ続けていこうと思う。
あ〜、難しい。