きょんどう通信

公立小学校の教員 勇気づけの学級づくりに奮闘中

講座&フォロー

今日は師匠の講座を聴きに行く。
2カ月ぶり。

アドラー心理学の全体を示し、そこに
子どもの問題行動と教師の認知の関係を解決。
納得。

講座はもうずっと聞いてきているが、全体が(理論が)分かるようになってきたら
内容が進化したり伝え方が変わったりしていても、
ひっかかって??になり、思考停止することなく聴けるから好きだな。
そしてやっぱり時々軸を確かめることは大事。

今日は認知に影響する教師の感情についての話があり、
子どもの問題行動と誤った目的がエスカレートするのは
本当は教師の感情の進化であるというくだりに
ドキッとした。

今気になる生徒は、注目の段階で担任団でそこへの注目をせずにいることで
問題行動が減ってきている。

でも、私にとって今日の講座は、対子どもではなく心中で職員室の人間関係に
置き換えて聴いてしまった。いつの間にかそうなっていた。
認知、行動、感情の話から自分の感情に気づく。
高圧的な言い方をする先輩の先生に対して
確かに負の感情があるなという自覚をした。
それは誰にとってもいい影響はない。自分もとても切ないし。

講座を聴き、力比べをしていると考えた。
権力闘争から下りよう。相手の先生が上。(別にどっちでもいい)
そして、自分の認知の問題だということは
そう受け取っている思考を書き換えることでその人への感情が変わることを期待しよう。

講座の後すぐにはなかなかそう思えなくて
感情を刺激される講座はきついなあと思い、ツイートしていると
帰路、師匠に会う。少し寄り道をしてくれた。

フォローと言うか、自分の気づきにより揺さぶられたところを
出すことでなんとなく落ち着かせてもらう。
そういえばいつかも講座でキツイなと感じたことがあったっけ( ̄▽ ̄;)

師匠は疲れていたけれど近況を聞かせてくれた。
ご自身のこと、共通の仲間のこと。みんないろいろある。
巻き込まれてほしくないなあと思う。
競争はしないって言っていたから大丈夫かな。

6月のイベントの話、査読のことも少し。
なんか揺れていたのが落ち着いたので
そういうと「修了生の活躍はこっちも刺激をもらえる」とかなんとか。
「じゃ、お互い様ということで」と笑うと「きれいにまとめたね」と。

指導助言をくれる師匠ではあるけど、いつも人として対等でいようとしてくれ、
仲間という感じることが増えてきた。
私も年齢を重ねたこともあるかな。

大丈夫。うまくやれる。
そう思いながら別れ、帰宅。
足を運んでよかった。